獄門島漫画祭り

http://d.hatena.ne.jp/season/20040124
締め切りが今日なのを忘れてた。90年代に読んだ漫画から好みと気分で5つ選んで感想も書いてみる。

「ZERO」松本大洋 1P
ベルセルク三浦健太郎 1P
寄生獣岩明均 1P
青い車よしもとよしとも 1P
「BSARA」田村由美 1P

この5作品に投票。99年に読んだ漫画が多かった。

90年代に限らず、スポーツマンガや格技闘マンガというのは、他に大した取り得のない主人公が、その競技を通して人間的・狭義的に成長していく過程を描くものが多い。主人公が最初から天才の場合もあるが、大抵は競うべきライバルもいるし、超えるべき壁や目標というものが存在する。主人公は努力もすれば挫折もするし、ライバル達と切磋琢磨することによって勝利を目指していき、結果的に何かを得る。いわゆる『友情・努力・勝利』。

この「ZERO」というボクシングマンガの主人公である五島雅も天才だ。しかし主人公がボクシングという競技の到達点であるチャンピオンを目指す話ではない。彼は冒頭から10年間無敗の世界チャンピオンである。世間は不倒不敗の彼を恐れてゼロと呼ぶ。彼は強すぎるがゆえに孤独だ。対等に戦える相手もいなければ、目標とするものもない。彼の誰も寄せ付けない強さが、周りと彼自身のバランスを狂わしていく。従来のスポーツ漫画にない新鮮な題材を持つ作品である。

<ネタバレ注意>
世界チャンピオンになるというような明確の目標のないこの漫画。強すぎるがゆえに孤独な五島の求めるものは、自分と対等に渡り合える対戦相手。そして、五島はリング上の勝利ではなく、リングで死に場所を求めている。その相手に選んだのは自分より10歳若い天才ボクサー、トラビス。ボクシングで人を殺めたこともある最強の挑戦者だ。五島はトラビスとの防衛戦を望む。彼なら自分を孤独にさせないと信じて。

下巻を通して描かれる五島対トラビスの戦いは凄まじい。二人のボクサーとそのセコンド達の心理戦。初めはセコンドの指示に従って自分の殺意をセーブして戦っていたトラビスが、五島の影響で次第に狂気を解放していく。その様にはゾクゾクさせられる。
試合中、五島は「花が種になり、種が花を作る」と言う。彼は自分の孤独と狂気を継げるような相手と戦うことによって、リング上で花のまま散り、自分の種を残したいのだろうか。
リング上でしか生きられない二人の狂気が織り成す拳闘描写は圧巻の一言。コマによって描線が変化する独特の絵柄が、物語の盛り上げに一役も二役も買っている。そして狂気に飲み込まれた者の行き着く結末とは。

強すぎるが故の悲劇、頂点にいる者の孤独、そして其処にいる者にしか持てない狂気を描いた異色拳闘漫画。


松本大洋は自分が色々な漫画を読むきっかけになった漫画家。絵は取っ付き難いかもしれないけど、ストーリーがとてもいいです。よくオシャレ漫画という評価を聞くけど、正当なエンターテイメントとして成立しています。漫画の内容にファッション的な要素はあまりない。未読の人に薦めておきたいけど、周りの評判はあまりよくないのでそのつもりで。でもおもしろいですよ。
その後、「天才」というテーマをさらに突き詰めた「ピンポン」で、松本大洋はさらに進化した姿を見せる。

圧倒的な画力とネームセンスで描かれるファンタジー漫画の傑作。迫力のあるバトルシーンもさることながら、作中で描かれるキャラクター達の心理描写が素晴らしい。
この物語では、因果律という逃れられない運命と、そこで足掻く者を丹念に描き出す。あらかじめこれから起きる事の結末が、第一部に当たる3巻までに読者へ明示されるにも関わらず、それでも息を呑んで見守ってしまうその後のストーリー展開は秀逸。その前提があるからこそ、鮮烈に描かれる主人公達の活躍はどこか儚い。
ストーリーは、「ガッツという巨大な剣を背負った剣士が復讐のためモンスター狩りをしている」という一見単純なもの。こう書くと陳腐で、現に物語の序盤も退屈な展開だが、物語が動き始める3巻途中から目が離せなくなる。ただのグロテスクなバトル漫画ではない。第2部が終わる14巻途中までは文句なしに面白いです。自分の中の「ベルセルク」はここで完結した。

<多少のネタバレ注意>
1巻から3巻は物語の導入部。ここで描かれるダークな世界観は、この物語の暗黒面のほんの1部分でしかない。ここで出てくるベヘリットというキーアイテムの使われ方が抜群にうまい。3巻の最終話から物語は過去に戻る。
4巻から始まる、主人公ガッツの所属する「鷹の団」が昇りつめていく中での、鷹の団メンバーの成長と、ガッツとメンバーの友情・愛情・嫉妬の心理面の描写が巧み。とりわけ、リーダーであるグリフィスのカリスマ性への崇拝と、「対等の者になりたい」という嫉妬が混じったガッツの心理面が丹念に描かれている。
このグリフィスというもう一人の主人公の2面性や、「夢」についての台詞などが凄く魅力的。この鷹の団の中で積み上げられていくものを丹念に描写することが、その後の衝撃的な展開に非常に活きてくる。
話が進み、二人の立場が変わることによって、お互いに対する感情は徐々に変化していく。印象的な二人の別れから始まり、衝撃的な展開でもって今まで積み上げてきたものを壊していく様は残酷。物語のハイライトである「触」の場面は圧巻の一言。ここでのグリフィスの心理描写も素晴らしい。「絶望」というのものをここまで描ける漫画というのは稀少。
その後はおまけみたいなもの。

物語は、主人公の新一の右腕に寄生虫が寄生するところから始まる。この寄生虫とは生物に寄生し、宿主と同種の生物を食料とする生物である。
人間に寄生する人食いモンスターを描きながら、真の寄生獣とは何かというのが明らかになっていく展開が素晴らしかった。人間にとって当然であることが、人食いモンスターたちによって相対化されていく。
地球の環境問題や、人間の本質についても考えさせられる。主人公とミギーの友情描写も魅力的で、寄生モンスター達とのバトル展開もおもしろい。深いテーマ性と、少年漫画的な娯楽性が同居した稀有な漫画作品。


日常にありふれている悩みや苦しみ。そういった自分ではどうしようもできない問題への、取り返しのつかない時間を目の前にした人物の描き方が巧み。それに対してやりきれない想いを抱えながら、それでも生きていこうとする人々を描いた珠玉短編集(玉石混淆だけど)。作品に漂う独特の空気感と、フキダシに入らないネームのセンスが抜群。
個人的には「青い車」、「オレンジ」、「ツイステッド」、「銀のエンゼル」が好きです。


少女漫画も一つ選んでおきたい。

物語の舞台は文明が滅んだ後の日本。王の一族が圧政で民衆を支配している世界。そんな中、白虎の村では双子の兄妹が生まれる。双子の兄は「運命の子供」と予言され、人民を率いて国を救うという期待を背負っていた。しかし、王の一族である「赤の王」よって双子の兄「タタラ」は殺されてしまう。その殺された瞬間から、双子の妹「更紗」は「タタラ」と名乗り、兄の代わりとなって王の一族、そして敵である「赤の王」に戦いを挑むんでいく。

主人公「更紗」の『立場上許されない禁断の恋』を描いて行く少女漫画的要素。4本の刀を集めれば世界を救えるという伝説や、世界各地を旅することによって仲間を増やしていき、肉親の仇を打倒するというの王道RPG風な少年漫画的要素。この二つが見事に同居している。

それに加えてこの漫画では、『革命による代償』や『民とそれを統治するもの』といった問題にまで踏み込んでいく(けして深くはないが)。ただ仇討ちをして、独裁者を倒せば全てが丸く収まるのではない。仇にだって家族や仲間、愛する人は存在するし、敵対する国にはそこで暮らす罪のない民衆が存在する。主人公側の描写だけではなく、仇である王族側の贖罪についても描かれる。単純な勧善懲悪の仇討ち話で終わらない。物語の中で様々な問題に悩み、苦しみ、考え、成長していく登場人物達の心理描写が見事。
一つ一つの題材はありきたりかもしれないが、それらが絶妙のバランスで融合されている少女漫画を代表する傑作。少女達だけの読み物にするのは勿体無い。独特の絵柄で敬遠せずに、男子こそ読むべき。



次点は「リバース・エッジ」、「ザ・ワールド・イズ・マイン」、「BANANA FISH」、「スラムダンク」、「ジョジョの奇妙な冒険」、「レベルE」、「銀と金」、「QP」、「はじめの一歩」あたり。これらについてもいずれ何か書きたい。