ナビスコカップ決勝

鹿島アントラーズ 0-2 ジェフ千葉
80'水野晃樹 82'阿部勇樹


決勝らしく互いに気持ちが入った試合で、プレッシャーも激しく、ボールが素早く行き来するハイテンポな試合展開。両チームとも技術面で傑出しているわけでもなく、急ぎすぎる事もあって細かいミスが目立ち*1、ボールは中々落ち着かない。時間が経つにつれて、次第に両チームとも疲弊して、全体が間延びしてスペースが空き始める。


こういう展開は、運動量と切り替えの速さに定評のあるジェフにとってはお手の物。ボールが落ち着かず、特定のボールの収まり所がなくても、それがそこまでマイナスにならない。フォローや切り替えの速さ、スペースの有効活用で帳消しにしてしまう。


鹿島はそうはいかない。小笠原という傑出してキープ力と展開力を兼ね備えた司令塔が、ボールを落ち着けてタメをつくる事によって、全体が有機的に動くサッカーを継続してきた。時にはゆったりとしたリズムでポゼッションして、全体を押し上げる事が攻守両面に好影響を与える。その存在を移籍で欠き、代役として期待される野沢もそういうタイプではない*2。中盤の核であるボランチのフェルナンドも不在。


小笠原が移籍した影響をふまえ、チーム構成に試行錯誤の跡は見えた。ジェフへの対抗策と合わせて、中盤は従来のボックスではなくフラット気味にし、中央よりサイドの攻防を重視する。中盤で起点を作ってのポゼッションからの崩しというより、リアクションを重視して、ボール奪取後は中盤を経由せずにロングフィードを縦に入れ、前線で早めに起点を作る形で攻撃を構成する。それらは攻守に効力を発揮していた面もあったけれど、最後まで実を結ばなかった。


後半に鹿島の手数をかけず縦にロングフィードを入れる攻撃構築が機能しだし、ジェフのプレスやフォローが軽減した時間帯もあった。鹿島の勝機はここしかなかったと思う。そこからの流れでチャンスを作り出すも、決定機に決めきれず。結果論だけれど、鹿島の時間帯だった後半の序盤に勝負の為の選手交代が必要だったと思う。ボールを引き出す動きには長けていても、得点の匂いを感じない2トップのどちらかは代えるべきだったのでは*3


アウトゥオリがを迷って流れを引き寄せられない。そうこうする内に、終盤はお互いに疲れから全体が間延びし、カウンターの応酬になってくる。こうなると必然的に運動量や切り替えに分があるジェフペースになってしまう。鹿島としたらその前に試合を決めたかった。


先制点はジェフの水野。この時の崩しは見事だった。左サイドの坂本と山岸のワンツーパスで起点を作って、鹿島の守備ゾーンを右に寄せて、坂本のサイドチェンジで一気に逆サイドへ展開。フリーの水野が対面のファビオ・サントスをモノともせず見事なシュートを決めた。


鹿島の守備ゾーンを片サイドの寄せて、サイドチェンジで空いた逆サイドを攻める崩しは試合を通して狙っていて、それがここでようやく実を結んだ。鹿島の狙いが実を結ばなかったのとは対照的。ここは個人の決定力の差。


この後もまだアウトゥオリはカードを切らず、直後に水野のコーナキックから阿部が合わせて駄目押しの2点目。慌ててアウトゥオリは一気に3枚のカードを切るも、時既に遅し。鹿島に2点差を追いつく余力は既に残されていなかった。


最後は全盛期の鹿島のお株を奪うようなボール回しで時間稼ぎ。ジェフが鹿島相手にこういう試合運びをするとは、隔世の感があるねえ。そのまま逃げ切って、ジェフが見事に2連覇を達成。


  • システムと個のサイドの攻防


勝敗を分けたファクターというと色々とあるけれど、水野とファビオサントス(以下FS)のミスマッチ、それに伴なうサイドの攻防が印象的。そして、これらを導いた監督の采配の明暗。


FSの守備面のザルっぷりはJリーグでもお御馴染みで、まさか決勝のスタメンに抜擢してくるとは思わなかった。しかも対面は攻撃性能に特化した水野。これは完全にアウトゥリオのミスだろう。


鹿島はAYのためU-19に内田が拉致られているので*4、穴のあいた右SBに本来左SBの新井場をコンバート。そのため左SBに渋々FSを使わざるを得なかったという事か。こうなるとヴェルディに控え左SBの石川を貸した事が悔やまれる。


また右SBに起用された新井場は、右利きだけれど左サイドが適職で、単にFS起用で左サイドが弱くなっただけではなく、新井場自身の機能性も犠牲にしてしまった。


ここ数戦、Jリーグでもナビスコと見越して実験的な布陣を試していたアウトゥオリ。実験的にリーグ戦でも左SBで使って守備難を露呈していたFSが、決勝でもまたウィークポイントになってしまうなど、まさに「策士策に溺れた」という感じ。これがFSが将来的に左SBとして大成する糧となれば意味はあったかもしれないけれど、今シーズン限りでブラジルに帰国してしまったら、鹿島には何が残るんだろう。



逆に、ジェフのアマル・オシム監督は主力の坂本をベンチスターとさせ、水野を右サイドに抜擢。これがFSの守備難を突いての起用だとしたら、その采配は大当たり。試合途中のハース負傷のアクシデントにも混乱せず、山岸を一列上げて右サイドに坂本を配し、バランスを崩す事もなかった。


水野はサイドで対面のFSを圧倒し、何度もチャンスを作り出した。個人が一対一で遅れをとれば、組織なんてものは容易く破綻してしまう。ここで水野を一対一で封殺するSBがいたなら、SBの深井の守備負担ももっと減り、展開はまた違ったものになったはず。


鹿島が従来の4-4-2ボックスではなく、サイドの攻防を重視してかフラット気味の布陣を敷いたのに対し、ジェフは3-4-3気味の布陣を敷き、アウトサイドの山岸と水野だけでなく、ボランチの阿部や、ウイング・シャドー気味のハース(負傷交代後は山岸が一列上がって、アウトサイドに坂本が位置)が協力して対応し、孤立を防いだ。また、水野が個人で片サイドを制圧した。そのため、鹿島が狙いたいはずのサイドでもジェフが互角以上に試合を運んでいた。


ジェフが鹿島のフラット対策としてサイドに人を付けてきた分、必然的に中は薄くなるのだから、サイドやロングフィードによる攻撃構築だけでなく、状況に応じて中央も狙う必要性があったように思う。ただし、2トップもCHもその状況に見合った有効なプレーが少なかった。ボックス時と同じようにプレーしてしまったというか。


2列目が高い位置でトップをフォローできるボックス型の4-2-2-2と違い、中盤が横並びになる4-4-2フラットだと、2トップが縦の関係を築いてバイタルで起点になるとか、独力でキープして中盤を押し上げる時間を作らないと厳しい。柳沢もミネイロも流動的に飛び出すタイプで、サイドからのクロスに得点力を発揮できるわけでもなく、純粋なフラット型との相性は余り良くないように感じた。


また、サイドに開いた深井と野沢も本質的にはサイドプレーヤーではないし、中盤フラットのCHに必要な前への推進力や飛び出しといったダイナミズムも、青木と増田には物足りなかった。チーム戦略としては理に適っていた面もあるけれど、ボックスに慣れたMFをフラット気味に配置した事が、個々に微妙な咀嚼不良を生み出していた。


FSの守備難という事なら、逆に水野のサイドにも守備不安はあって、鹿島としてはそこを効果的に対面の深井に突いて欲しかった所。ただし、ジェフには水野の後方には主に阿部がフォローし、チーム全体の運動量でも守備軽減されていた反面、深井の後方はFSでフォローは期待出来ず、逆にFSのフォローに追われて攻守に悪影響を及ぼしていた。攻撃面でも、水野は決定的な仕事をして、深井はできなかった。サイドの攻防は、水野とFSだけの比較ではなく、チームとしての部分でも差があったのかなと。


後半の水野の先制点。サイドチェンジを受けて、ファーストタッチ後にシュートを即断。トラップを受ける前からシュートを意識していたのかもしれない。対面のFSは間合いを詰めてシュートブロックにいく素振りさえ見せず、シュートに対して背を向けて対処してしまった。これはDFの対応ではないだろう。まあ、ここは水野のシュートへの姿勢と、正確なシュート精度を褒めるべきか。そして駄目押しの追加点に繋がったプレスキックの精度*5。素晴らしい活躍だった。


  • 水野について


大会MVPに輝いた水野。彼の素晴らしい所は、何よりドリブルで仕掛けて局面を打開できること。そしてクロスの正確性とシュート意識。これらは日本人の苦手とするもの。サイドでボールを持つとmバックパスでボールを下げるプレーを第一選択肢にする選手が多く、フル代表でさえドリブル突破やシュートに消極的な日本で、水野の能力とメンタリティは異質に映る。その積極的なシュートへの姿勢が、見事に先制点に結びついた。U-19代表の梅崎といい、こういう選手は貴重だね。


サイドアタッカーとして、ドリブル突破とクロス精度を兼ね備えるのも素晴らしい。多くの日本のサイドアタッカーが、突破力のある選手に限ってクロスが下手だったり、クロス精度の高い選手に限って突破力はないのだけれど、水野はこの2つを兼ね備えている希少性が魅力。もう少し守備力が向上し、波の激しさがなくなれば、オシムも抜擢するかもしれない。その前にU-21のレギュラー定着が先か。


水野は高校時代に静岡選抜でも何度か見た事があったけど、ここまでの選手になるとは予想できなかった。技術面は傑出していても、プロでやるにはフィジカルの弱さがネックという評価だったと思う*6。年代別代表の経験もなかったし、当初はプロオファーがなく、筑波大学の試験にも落ちて、他の大学を受けようとしてたら急遽ジェフからオファーが来たんだっけか。


WYでは家長と並んで印象的な活躍を見せるも、なぜかU-20では大学生の後塵を拝すスーパーサブ止まりで、U-21の中国戦でも起用すらされなかった。やはり守備不安が理由だろうか。こういう素材こそ年代別代表でサイドアタッカーとして育てて欲しい。反町監督には、ぜひ局面打開を出来る選手をもっと有効活用してもらいたいところ。大熊とは違う所を見せて欲しい。


  • ジェフ

千葉は来季、フランス2部グルノーブルのGM就任が決定的な祖母井秀隆GMの後任に、昨季まで東京VでGMを務めた唐井直氏の就任が濃厚。アマル監督の続投は確実だが、クラブ関係者によると、指揮官はすでに今オフの日本人選手の獲得をフロントに要請しているという。ベテラン選手を中心に血の入れ替えが敢行されそうだ。またDFストヤノフ、MFクルプニコビッチ、FWハースも今季限りでの退団が濃厚で、外国人選手は総入れ替えとなる可能性が高まっている。
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2006/11/04/03.html

ジェフにとっては祖母井GMが辞めるのが最大の不安材料か。唐井GMで外人層入れ替えなら、大外しするリスク大。ただ、負傷で途中交代したハース、出場停止のストヤノフクルプニといった外人勢抜きで勝てたのはジェフにとって大きいじゃないだろうか。主力に本字の平均年齢も若いし、このままアマル継続路線で問題なさそう。ただし、不安材料として阿部に移籍の可能性があるらしい。

阿部移籍解禁弾 
千葉で獲得した2つ目のタイトルは、ただの優勝以上の意味を持つ。代理人の糀正勝氏は「きょうで1つの責任を果たせたと思う。11月下旬から向こうで動きが出る。その動向を見守りたい」と来年1月に開く欧州の移籍市場に向け準備に入る考えを明かした。オランダ1部フェイエノールトなどが移籍先の候補に挙げられている。
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2006/11/04/01.html

ジェフは選手層が厚いチームではないし、特に阿部の代役は見当たりそうもないので、移籍してしまったらかなり苦労するでしょうね。
客観的に見て、移籍するとして、欧州初挑戦でセリエA、プレミア、ラ・リーガは避けた方が無難だろうね。阿部の移籍金を払えるような規模のクラブは、リーグレベルと選手層の問題でリスクが大きい。レベル的にはブンデスリーグ・アンの中堅クラブが良さそう。フェイエは今不振を極めているから辞めておいた方が無難。
そして重要なのは阿部と被るタイプの選手がいない事*7と、スポンサーではなく監督がしっかり戦力として計算してくれる事。ただし、いくら祖母井さんがGMになるからって、グルノーブルだけは止めた方が良いと思う。オファーが来たらしい梅崎もあそこには行かない方が良い。

  • 鹿島

鹿島は今後に向けてどういうサッカーを志向していくんだろうね。小笠原の後釜を見つけるのか、もしくは無理やり復帰させるのか、特定の司令塔に頼らないサッカーを模索していくのか。アウトゥオリの進退も微妙そうだ。

鹿島、バーゼル中田浩獲得へ「移籍金を払う用意はある」
バーゼルと08年6月末までの契約が残っているために移籍金が必要となるが、クラブ幹部は「移籍金を払う用意はある」と明言。既に中田浩に近い関係者には意向を伝えており、来年1月の移籍市場に合わせてバーゼル側に要請する。同幹部は「むこうのチーム状況によっては、6月になるかもしれない」と話している。00年から主力として5冠制覇に貢献した中田浩が、常勝軍団復活への“切り札”となる。
http://www.sanspo.com/soccer/top/st200611/st2006110405.html

こんなニュースもあったり。確かに戦力的には必要な存在なんだろうけど、契約満了でフリー移籍した中田コに、わざわざ移籍金を払って買い戻すのは馬鹿すぎると思うが。バーゼルマルセイユから約8千万の移籍金で獲得したわけだから、それ以上請求するのは確実だろうし。中田コもせっかくバーゼルでレギュラーCBになったんだから、この時期に帰って来ないでしょうね。



そういえば、鹿島、マリノスジュビロと、Jリーグで一時代を築いた強豪チームはどれも過渡期にありますな。どのチームも、中心を担っていた選手の衰えや移籍によって改革を余儀なくされている。このまま没落していってしまうのか、見事に復活を果たすのか。シーズン終了後にそれぞれ分析・展望でもしましょうか。ジュビロはようやく人間力後遺症から脱しつつあるし、この決勝戦のように、またJリーグを盛り上げていきたいですな。

*1:カップ戦ファイナルでも精度不足が気になるのは日本サッカー全体の課題かな。

*2:ボールスキルとシュートセンスに長けた技巧派セカンドトップっていう感じかなあ。シャドー的な飛び出しも出来るけど、キープ力と展開力、ゲームメイクのセンスはそれほどない。

*3:特に柳沢はWC前に骨折してからずっと不調を引きずっている印象。

*4:これは年代別代表を優遇する国独特の現象ですな。欧州では年代別代表の地区予選を優先して、主力選手がカップ戦ファイナルを欠場なんて事はまずない。

*5:まあ、ここは合わせた阿部の方を褒めるべきだけど。ここでも阿部のマークが青木というミスマッチ。

*6:突破力とクロス精度があってフィジカル弱いSHタイプとなると、今の静岡の高3ではジュビロユースの中島が一番似ているかな。ただ中島は水野より10㎝以上も背が低くてさらにフィジカルに恵まれていないから、プロで大成するのはかなり苦労するでしょうね。あの体でよくトップ昇格できたと思う。高1の頃は世代トップのSHだったのに、多くの高校年代の選手の身長が3年間で伸びたのに対して、中島は殆ど伸びなかったのが痛い。スキルは抜群だから、プロでも頑張って欲しいなあ。

*7:例えばルマンとなると、レギュラー獲るのは難しそうだからお奨めでない。ダブルボランチロマリッチは能力的に傑出していて、役割の被るクタドゥールはユース出身の若手で優先育成対象だから。